大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和29年(ヨ)1876号 決定 1954年7月05日

申請人 近江絹糸紡績株式会社

被申請人 近江絹糸紡績労働組合

主文

被申請組合は申請会社役員、申請会社の代理人たる弁護士、被申請組合以外の申請会社従業員及び申請会社と商取引関係に立つ第三者が申請会社の別紙物件目録記載の本社建物内に出入し、又は食糧その他の物品を搬出入することを実力を以て妨げてはならない。

右禁止は言論による説得行為並に団結による示威に及ぶものではない。

(保証金五拾万円)

申請の趣旨

一、別紙物件目録記載の建物及びその敷地に対する申請会社の占有並に右建物外部出入口附近の土地に対する被申請組合の占有を解いて、これを申請会社の委任する大阪地方裁判所執行吏の保管に移す。

二、執行吏は申請会社の請求あるときは、右保管に係る物件を申請会社の指名する者に使用せしめ営業せしめることを認めるものとする。

被申請組合は執行吏の許可なく右物件内に立入る等の行為により申請会社の右業務を妨害してはならない。

三、被申請組合は申請会社の重役、その代理人、被申請組合以外の申請会社従業員、申請会社の顧客、取引先等の第三者が右物件内に出入することを妨害してはならない。

四、執行吏は以上の趣旨の実効を期すため、適当なる措置を講ずることができる。

理由

当事者双方の提出に係る疎明資料により当裁判所の認める事実関係並にこれに基く判断は次の通りである。

一、団体交渉の経過

被申請組合は全国繊維産業労働組合同盟(以下単に全繊と略称する)加盟の組合として結成発足するや、一、我々の近江絹糸紡績労働組合を唯一の交渉団体として即時認めよ。二、会社の手先である御用組合を即時解散せよ、その他人権擁護を含む二十二項目に亘る要求事項を掲げて昭和二十九年六月三日申請会社との間に最初の団体交渉(以下団交と略称する)を持つに至つたが、申請会社より満足な回答が得られず、剰え、全繊加入を強硬に反対されたので、右要求事項の誠意ある完全実施を見るまで職場放棄をなすことになり、翌六月四日以降無期限ストライキに入つた。

その間組合の数次に亘る団交の申入も結局申請会社との間に団交の場所、人員、殊に組合側の交渉者に全繊役員を加えることの是非等、団交開始の条件に一致をみないまま、徒らに時日を経過し、その後帰国の夏川社長が六月十六日本社に出社の機会を捉えて執拗に団交の申入をなし、漸く「翌十七日午后五時より同七時まで双方五名(会社側夏川社長外四名、組合側全繊役員二名新組合渡辺組合長外二名)、場所堂島寮」という条件で団交をなす旨の協定が成立した。翌十七日に至るや申請会社の西村貞蔵専務取締役より「お願い」と題する書面を以て「社長は労働省四方職業技能課長と面談のため同日の団交には出席できない」旨を伝えて来たので、組合側ではこれを拒否した。然るに夏川社長の四方課長との面談云々は事実無根であつて、社長は最近に至るまでその姿を消しており、他方本社営業所では、会社側において六月十八日早朝より右営業所建物の西側の正門、南側出入口の各シヤツターを下し、西側の車庫出入口南側の通用門を閉鎖し、内部よりバリケードを築き或は釘付にする等の方法により自ら籠城態勢をとるに至り、現在まで団交らしい団交は殆んど開かれていないのである。

二、ピケッティングの状況

被申請組合は六月四日前記無期限ストライキに入ると共に爾来全繊傘下の組合員等の応援を得て申請会社所有の本社営業所建物(別紙物件目録記載の建物)の各出入口外側附近並に右建物の道路沿いの外側壁面に沿いピケラインを張つているが、六月四日より六月十二日に至る第一期のピケは、その時間も午前九時ごろから午后五時半ごろまでの会社の一応の勤務時間に限られ、会社幹部の出入等は概ね自由であつたが、六月七日には申請会社の従業員中の非組合員や第三者の顧客等に対してピケ隊員がスクラムを組みその入店を阻止したこともあつた。

組合側では、かかる程度のピケでは余り意味のないところから、六月十三日より六月十七日に至る間一時ピケを中止していたが、六月十八日以降これを再開し常時ピケラインを張ることになり、殊に会社の実権者である夏川社長が前記の如く虚偽の口実を設けて団交を回避し所在を不明にしたことに憤激してピケが強化されると共に、会社側が前記の如く自ら各出入口を閉鎖して籠城するに至つたため特異な様相を呈するに至つている。これをピケの現況についていえば、

1、本社建物内には現在申請会社の従業員約六十名、臨時人夫数名の者が残留しており、これらの者に対する外部からの食糧等の補給につき、被申請組合はそのピケラインにおいて米、野菜、醤油類のみの搬入を許し、肉、卵、魚類等の搬入を許さない。又煙草は「新生」のみに制限し、「光」「ピース」類は許さない。寝具の搬入も許していない。

2、西村専務は六月二十六日本社営業所からピケラインを通過して外部に出たが、その帰社はピケ隊の実力行使により完全に妨げられている。

3、組合側としては、現に本社建物内に残留中の従業員等が外部に出ることまでも妨げているわけではない。その意味において、ピケラインが内部の者を軟禁しているということはない。然し乍ら、申請会社の従業員である非組合員や顧客等の第三者の入店については、会社側の出入口閉鎖行為により会社自らその困難の度を倍加しているとはいえ、会社側が完全に入店を不能にしているとまではいえないのであつて、前記1、2後記四の諸事情に徴するときは、たとい会社側が予め本社内部よりの電話連絡によりこれらの人達の入店を打合せて閉鎖中の一部出入口の開門を準備しておいても、組合のピケラインにおいてその自由なる交通を阻止される危険性が多分に現存する状況にあるものと認めざるを得ない。

三、ピケッティングの当否について、

1、(A) 申請会社の幹部は全繊の近江絹糸民主化斗争委員会による申請会社の労務管理の批判当時から全繊を極度に嫌悪し、かかる全繊に加入する被申請組合の活動を恐れるの余り新組合結成の当初、組合員の父兄に通信して新組合を切崩さんとしていたこと、

(B) 前記の如き団交経過の事実、殊にその当初新組合の全繊加入に強硬に反対して組合の自主的活動に干渉したこと並に夏川社長が四方課長との面会云々の虚偽の口実を設けてそのまま姿を晦まし団交を回避する一方これと殆んど相前後して会社側においても本社営業所に籠城態勢をとつたこと、

(C) 会社の右籠城の翌日たる六月十九日本社営業所内に残留中の従業員が会社幹部と共に籠城するという異常な雰囲気の下で第三組合を結成したが、その自主性乃至民主性が疑われても致し方なく、現に会社の名古屋営業所から六月十三日以来本社の応援に来ていた従業員阿久沢光が六月二十一日早朝本社内から脱出して被申請組合に加入したのみならず、同日午後警官並に会社立会の上出入口を開いたところ同様に本社内から出てきて組合に加入した従業員があつたこと、

以上(A)乃至(C)の各事実を合わせ考えると、会社は被申請組合との誠意ある団交を延引して徒らに争議の解決を遅らせ、時をかせぐことによつて被申請組合の切崩し、非組合員の被申請組合への加入阻止等を策したものとみられてもやむを得ない。

2、被申請組合がこれに対し、誠意ある早期団交開始を期してピケラインを張り、会社幹部、非組合員たる会社従業員、顧客等の第三者に対し、その本社営業所への出入につき言論による説得行為又は団結による示威の方法によつて心理的影響を加え乍ら、しかもその自由意思によつて出入を決し得る余地を残す程度に働きかけ、これによつて会社の業務運営に打撃を与えることは、勿論何等違法ではない。然し乍ら、たとい会社側に誠意ある団交開始を遷延するが如き非難に値いする態度乃至行為が認められるとしても、それには又別に救済の途も拓かれているのであつて、会社側の態度を批難するの余り、組合によるピケが右の程度を越え、実力行使によつて、或は本社営業所への入店を阻止したり、或は籠城中の従業員等に対する食糧、煙草等の補給を制限し寝具その他の物品の搬出入を阻止したりすることは、みぎの限度を逸脱する限りにおいて許されないといわなければならない。

3、従つて以上のような越軌行為が現存し、将来もその生起の可能性が濃厚と認められる本件において、申請会社としては、本社営業所建物の所有権に基いて被申請組合のピケの適法性の限界を逸脱した前記妨害行為の危険性を排除できるわけであつて、かかる違法な妨害行為の繰返えされる危険性を緊急に排除する必要性の存することも明らかである。

四、執行吏保管並に立入禁止について

申請会社が六月十八日以後は自ら各出入口を閉鎖して本社営業所建物内部を完全にその占有支配下においていることは叙上の通りである。尤も、右閉鎖後においてピケを張る組合員等が右営業所建物の窓硝子を数ケ所破壊し、車庫出入口の木戸、正面出入口のシヤツター等を一部破損し、又数名の組合員等が右建物内に潜入して会社の器物を一部毀損したことが認められるにせよ、前記争議の推移等の事実に徴するときは、かかる行為は会社側における団交の実質的回避乃至延引の態度に反撥してなされた散発的行為とも解せられるのであつて、これを以て組合による右本社建物の全面的占拠又は破壊の意思の連続的活動とまでみて、かかる占拠又は破壊の危険性が現存する状況にあるものとは未だ認められない。

従つて右本社建物への立入禁止及びその執行吏保管を求める仮処分申請はその必要性がないものといわざるを得ない。又右建物の各出入口外側及びその敷地部分に対する同様の趣旨の仮処分申請は、これを許容するにおいては組合のピケを全面的に排除するに等しい結果を招来するものであるだけに、一層慎重に考慮すべきであつて、前記の如き争議状態の段階では未だその必要性を認めない。

五、以上の次第であるから、申請会社の申請を主文表示の程度で許容し、申請会社に保証として金五十万円を供託させた上、主文の通り決定する。

(裁判官 坂速雄 木下忠良 園部秀信)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例